Synスポットライト: ADR / VOレコーディング

July 12, 2024

ラシダ・ジョーンズ主演、Apple TV+のダークコメディ「サニー」が今週リリースされました。日本語吹き替えではロボットのサニーの声をジョアンナ・ソトムラが演じています。「サニー」は、夫と息子が失踪し、夫の電子機器会社が製造した家庭用ロボット「サニー」の不本意な行動により生活が崩壊していく、京都に住むアメリカ人女性の物語を描いています。Synは本シリーズのADR(アフレコ)に取り組み、多くのキャストとクルーを原宿の中心地にあるSyn東京のボイススタジオに招きました。本記事では、ADRについて詳しく解説します。

映画のエンドロールのクレジットの多さを見れば、俳優たちによるカメラの前での演技は映画制作のほんの一部に過ぎないことが分かりますよね。映画やテレビ、オンスクリーンの広告の制作には、何百人、場合によっては何千人もの専門家が舞台裏で関わっています。1993年の映画「ミセス・ダウト」のオープニングシーンを覚えているでしょうか。故ロビン・ウィリアムズが声優ダニエル・ヒラードを演じ、子ども向けアニメの声を吹き替えるシーンです。世界中の多くの人にとって、これが「ADR(Automated Dialogue Replacement)」と「VO(Voice Over)」のプロセスを初めて見る機会だったと思いますが、これはオーディオ・ポストプロダクションにおいてとても重要なプロセスなのです。Synは東京の中心地にあるスタジオで、映画、テレビ、ゲーム、広告プロジェクト向けのADRやVOのレコーディングを行なっています。これまでにマーティン・スコセッシ、クリント・イーストウッド、渡辺謙、マイケル・マン、マイケル・ベイ、パトリック・スチュワートなどの映画界の巨匠たちともプロジェクトを共にしました。ADR/VOのレコーディングプロセス、そしてダイアログ・レコーディングの世界について少しでも理解を深めていただければ幸いです。

まずは「ADR」とその意味について。「ADR」とは「Automated Dialogue Replacement」の略称で、時には「ルーピング」とも呼ばれます。撮影現場やロケ地で完璧なセリフを録音することは必ずしも可能というわけではなく、暗騒音や風の音、クラウドノイズ(または照明担当のガファーが機材を落とす音)などによって良いテイクが台無しになることがあります。そのため、俳優のセリフを後日、環境が整ったADRスタジオで再録音することが一般的です。整った環境で俳優のセリフを再録音することで俳優、監督、プロデューサーはセリフに集中できるので、高額なロケ地や撮影クルーの稼働時間(およびコスト)を延長する心配がなくなります。Synの東京スタジオは多機能で、音楽のためのレコーディングスタジオとしても、完全装備のADR/VOスタジオとしても機能しています。Synではブームマイクとラベリアマイク(小型マイク)を組み合わせて使用しており、メインのブームマイクにはSennheiserのショットガンマイク、ラベリアマイクには三研のマイクを使用し、信号を増幅するためにNEVE 1073プリアンプを通しています。TubetechやUreiのアウトボードコンプレッサーから品質を保った軽度な圧縮をかけてサウンドを作り出し、その後、業界標準のPro Tools HD Ultimate Digital Audio Workstationでレコーディングします。レコーディングスタジオでは部屋の環境音に細心の注意を払うことが常に重要ですが、ADRも同じ。なるべくセリフが自然に聞こえるよう、録音されたサウンドを滑らかに統合して最終ミックスします。

圧縮やEQなどのポストプロダクションのオーディオエフェクトを使用してパフォーマンスや録音された音を強調する音楽パフォーマンスのレコーディングとは異なり、ADR/VOではこれらのエフェクトを可能な限り最小限に抑えます。ライブ音楽とADRの録音に必要な専門技術の違いについて、Synのチーフエンジニアである赤工隆は次のように述べます。「音楽のレコーディングでは、ミュージシャンはマイクから遠く離れて立つことはないですが、ADRでは頻繁にマイクの位置を変える必要があります。例えば、キューが特定された位置から撮影されている場合、マイクの位置を考慮しなければなりません。」ADRでは、シーンに応じて俳優がさまざまなパフォーマンスをします。静かなささやきから大きな叫び声まで、エンジニアは録音された音のレベルに細心の注意を払い、オーバーロードを避けなければなりません。

ADRとVOの違いとは?VO(または「Voice-Over」)は「スピーカーの映像を伴わない映画や放送でのナレーションの一部」と定義されます。つまり、映画、テレビ、コマーシャルでキャラクターが視覚にいない時に聞こえるセリフのことです。最も一般的な例はテレビCMで、VOはブランドのメッセージを伝える上で重要な役割を果たします。ADR録音の本質は自然な音声を作り出すことにありますが、VO録音では明確さがより重要視されます。VOの案件は企業紹介ビデオの制作が多く、ナレーションがスクリプトのメッセージを伝える上で重要です。ADR録音で画面上の俳優の演技に対してリップシンクするのとは異なり、企業紹介ビデオのようなVOプロジェクトでは、セリフが字幕と同期する必要があり、編集がプロセスの一環となります。赤工隆はVOの技術面について詳しく説明します。「VOでは、Neumann U87 Aiマイクを使用してセリフを録音し、Pro Tools Ultimate HD DAWを使用しています。」SynはこれまでにDove、パンパース、アディエン、リステリンのコマーシャルなど多くのVOをレコーディングしてきました。多くの場合が「ローカリゼーション(地域化)」で、ブランドが製品やサービスのキャンペーンを別の地域に異なる言語で適応させたい場合に使用されます。

Synのチーフエンジニアである赤工隆はバイリンガル(英語と日本語共に堪能)で、ときどき日本語のテキストを日本語のネイティブスピーカーとして自然に聞こえるように編集を求められることがあります。広告の時間制限に合わせてスクリプトを調整することも必要なスキル。例えば、コマーシャルは通常、15秒、30秒、60秒と放送尺が決まっています。時間内にブランドメッセージやナラティブを収めるためにスクリプトは元となる英語で書かれたもので構成されていますが、日本語に翻訳されるとセリフの尺が変わって希望の尺に収まらなくなることがあります。この解決方法として、録音された声のパフォーマンスにあるギャップを取り除くことにあります。これによりセリフの全てが時間枠内に収まるようになります。もう一つの方法は「タイムストレッチング」と呼ばれるデジタルオーディオプロセスを使用して、音声の長さを一定量圧縮すること。ですが、これらの技術には欠点があり、メッセージが伝わりづらく不自然に聞こえてしまうことが多々あります。そのため、スクリプトを事前に広告の尺に合わせて調整することが推奨されます。海外のクライアントがSynの経験豊富な制作チームに依頼する一つの理由―。それは、予算内で質の高い作業を行い、日本語のスクリプトとパフォーマンスをレコーディングスタジオセッションの割り当て時間内に提供することができるからです。

原宿にあるSyn東京の便利なロケーションは、幅広いプロジェクトに適しています。国内プロジェクトでの日本の俳優のレコーディングから、日本特有の文化やストーリーを題材にしたハリウッド俳優の著名な映画の制作までさまざま。日本は今、世界中の映画やテレビプロジェクトのホストとして注目されており、日本文化への関心は高まるばかり。Synは近年、「Tokyo Vice」シーズン1&2(HBO)、「将軍」シーズン1(FX)、「インベージョン」シーズン1&2(Apple TV+)、「パチンコ」シーズン1&2(Apple TV+)、「モナーク: レガシー・オブ・モンスターズ」(Apple TV+)など、多くの作品で活躍しています。

Synは1991年に東京で、デュラン・デュランのサイモン・ル・ボン、ヤスミン・ル・ボン、ニック・ウッドの友人かつクリエイティブなコラボレーターによって設立されました。日本に本社を構えて30年以上、Synは西洋と日本の双方の才能溢れるクリエイティブスキルのもと、多言語のセリフの録音の複雑さをナビゲートすることでワールドクラスの声優たちと取り組んできました。Synのチーフエンジニアである赤工隆は、言語間のADR録音のニュアンスについて話します。「ADRエンジニアとして最も重要なことの一つは、俳優ができるだけ快適に演じる環境を作ることだと思います。ほとんどの俳優は小さな部屋で録音することに慣れてなくて、特に日本の俳優は、英語を話して発音やニュアンスに集中しなければならない時は緊張することもあります。時々、監督の意図を説明してより良いパフォーマンスのために翻訳のサポートをすることもあります。」赤工は日本語と英語の両方で自分を表現できる日本の俳優に対して「多くの俳優は日本語と英語の両方で自分を表現することに苦戦し、それは挑戦でもありますよね。これは特別なスキルだと思います。」と誇りに感じています。

近年増えるリモートで働く環境にはどのような対応を?ZoomやAudio Moversなど馴染みのある技術を活用することで、Synは世界中のクライアントとのセッションが可能です。これにより、ロサンゼルス、ニューヨーク、ロンドンのディレクターがリアルタイムでセッションにバーチャルで参加することができます。赤工隆は、マーティン・スコセッシ監督の2016年の映画「沈黙 -サイレンス-」の制作を振り返ります。「通常、大規模なハリウッド映画には専任のADRチームがいますが、この映画ではマーティン・スコセッシ自身がセッションに参加し、私が直接彼と一緒に作業しました。」コロナ後、多くの人がZoomや他のビデオ会議プラットフォームを活用する昨今、このようなリモートのADRセッションは新たなカタチとなりました。  

ADR/VOエンジニアの役割の一つとして、俳優が安心して最高のパフォーマンスができるようにサポートすることだとすれば、心地よくリラックスできる環境づくりもプロジェクト成功の鍵となります。Synのスタジオは二階建てビルの一階に位置し、自然光に当たりながらリラックスできるラウンジ(Syn Cafe)とバルコニーが設備されています。ADRスタジオの多くは陽が当たらない地下にあります。快適で便利なロケーションを備えたSynのスタジオは、俳優が最高のパフォーマンスを引き出せる空間なのです。また、東京の中心に位置するSynは、原宿の有名なブティックバーやレストラン、ビンテージショップに囲まれた、閑静でプロフェッショナルな環境に位置しています。北京、上海、ロサンゼルス、ロンドン、マニラにサテライトオフィスを持つSynは、世界中のリソースを集めてきめ細かに作業を行います。ポストプロダクションのスーパーバイザーや制作陣と24時間体制で連絡を取り合うことは、クライアントからの信頼を得ること、そしてタイトな締め切りの中で素晴らしい成果を出すために重要なことです。

お気に入りの映画や映像をご覧になる際には、このオーディオ・ポストプロダクションについての知識を活かしてADRやVOにも是非ご注目ください。そして、もし原宿に立ち寄ることがあれば、あなたが見ているお気に入りの映像のためにSyn東京が懸命に取り組んでいることを思い出してください!